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「血染掛軸」の作者・板倉槐堂 龍馬ら志士を支えた商人が明治維

 
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登録日: 2008.01.20
記事: 2225

記事日時: Sat Feb 20, 2021 5:01 pm    記事の件名: 「血染掛軸」の作者・板倉槐堂 龍馬ら志士を支えた商人が明治維 引用付きで返信

 坂本龍馬の最期を見届けた掛け軸「梅椿図」に、作者で薬商の板倉(淡海)槐堂(1822〜79年)の名を記した落款印の現物が見つかった。龍馬ら志士を支える商人が京都を含めた各地にいて、明治維新の駆動力になったさまをあらためて思い起こさせる。

 龍馬と中岡慎太郎は慶応3(1867)年11月15日、近江屋(現中京区河原町通蛸薬師下ル)で刺客に斬殺された。梅椿図はその部屋にあった掛け軸とされ、下部に数滴の血痕が残る。槐堂は同年9月に描き、襲撃直前に近江屋を訪ねて贈ったとされる。

 京都国立博物館の宮川禎一特任研究員は「龍馬を支えた商人は槐堂にとどまらず、京の近江屋や酢屋、下関の白石正一郎、長崎の小曽根乾堂もいた。膨大な金を出し、志士を後援した商人が数々いたからこそ、龍馬のような脱藩者まで国事に奔走できた」と存在の大きさを強調する。

 代表格が槐堂になる。現在の滋賀県長浜市出身で、養子入りして五条大橋東側で薬商を営みつつ、公家・醍醐家に仕え、攘夷(じょうい)派を主に資金面で助けた。「家業が傾くほどお金を使った」(子孫の武田定師さん)とされ、洛東日吉山で創設した文武道場「並修館」には各地の志士が集った。1863年に大和で挙兵する天誅組や政変で長州に落ちる三条実美らを支援し、64年の池田屋事件に関わった浪士をかくまい、3年近く投獄されている。

 一方、維新後は新政府に仕官し、淡海に改姓したが、早くに辞めて書画や詩に親しむ文人として余生を送った。なお、59年、商人・熊谷直孝を槐堂が撮影した写真は、京都市内で現存最古とされる。

 落款印は3月19日から山口県の下関市立歴史博物館で始まる特別展で初公開される。
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