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500年の時経て、幻の能「篁」復曲 2月の本公演で披露へ

 
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登録日: 2008.01.20
記事: 2222

記事日時: Fri Jan 22, 2021 4:36 pm    記事の件名: 500年の時経て、幻の能「篁」復曲 2月の本公演で披露へ 引用付きで返信

 500年の時を経て「幻の能」がよみがえった。冥土通い伝説のある平安時代の公卿(くぎょう)、小野篁(たかむら)(802〜852年)ゆかりの能『篁(たかむら)』を京都観世会(片山九郎右衛門会長)が復曲した。室町時代の作で、台本となる詞章や装束を記した本は伝わるものの、上演記録が残っておらず、少なくとも江戸時代以降は見た人のいない未知の作品だった。2年がかりで謡の節や所作を考察。迫力や深みのある舞台に仕上げた。昨年末のプレ公演に続き、来月13日の本公演で披露する。

 何百年という悠久の時を超え、魂の共鳴を強く実感させる舞台だった。

 能『篁』は、小野篁が生きた約400年後の鎌倉時代が舞台。倒幕を掲げた承久の乱(1221年)に敗れ、隠岐の島(現島根県)に流された後鳥羽院(1180〜1239年)が、かつて同じように隠岐に流された篁の塚を訪ね弔うと、地獄の冥官(みょうかん)(閻魔(えんま)の庁の役人)姿の篁の霊が現れ、憤怒を激発。金の札(善行悪行の者の名が記され、極楽や地獄行きを決める)を手に、逆臣たちを蹴殺し、地獄へ落とす沙汰を見せる。

 出家した僧形(そうぎょう)の後鳥羽院が、内に秘めた激しい怒りや直情を表に出すのではなく、鬼のような迫力のある篁の霊に重ねて投影することで形象化する狙いがある。

 シテ(主人公)の篁役を務める能楽師の味方(みかた)玄(しずか)(54)は「この篁という役は、後鳥羽院の影法師のような存在であって、実は後鳥羽院の能やと思います。だから篁を通して、後鳥羽院の逆鱗(げきりん)の姿が見えるような演じ方になっています」と解説する。

 篁の役は、世阿弥が能楽論で説いた「砕動風(さいどうふう)」と呼ばれる鬼の演じ方の一つで、姿形は鬼でも、人間の心を持った心持ちで演じる。「舞働(まいばたらき)」と呼ばれる豪壮な所作を見せ、篁と後鳥羽院の響き合う魂を暗示した「象徴詩劇」として描く。

 400年の隔たりのある篁と後鳥羽院の心を結ぶのは、同じ配流に加え、2人が愛した和歌の力が大きい。

 歌人としても知られる篁は、のちに小倉百人一首の十一番に「参議篁」として選ばれた「わだのはら八十島(やそしま)かけて漕(こ)ぎ出でぬと人には告げよ海士(あま)の釣舟(つりぶね)」を詠んだ。篁が遣唐使の副使に任じられた838(承和5)年、大使藤原常嗣の横暴に抗議し、病と称して乗船を拒んだために隠岐に流された際、海に浮かぶ島々の風景を詠んだとされる。

 一方、この歌を小倉百人一首に選んだ歌人の藤原定家(1162〜1241年)は、後鳥羽院の勅撰(ちょくせん)和歌集「新古今和歌集」の撰者(せんじゃ)でもあり、後鳥羽院と関わりが深かった。

 復曲を監修した西野春雄・法政大名誉教授は「おそらく定家は、この篁の歌に、隠岐に流された後鳥羽院の悲痛な嘆きを二重写しにした。その二重性が、能の『篁』にも流れている」とみる。

 能『篁』の詞章には、篁の「わだのはら―」のほか、後鳥羽院が隠岐で詠んだ「我こそは新島守よ隠岐の海の荒き波風心して吹け」などの歌も引用。和歌の力をたたえる。

 能『篁』の作者は不明。ただ、巧みな構成や作劇からみて、室町時代初期の世阿弥もしくは周辺の役者の可能性が高いとみられる。

 なぜ上演が絶えていたのか。「理由は分からない」(西野名誉教授)が、詞章を伝える10種ほどの本のほか、装束を伝える本「舞芸六輪之次第(ぶげいろくりんのしだい)」に篁の姿について「後ハ鬼のてい。(中略)金の札を持つ」といった記述があり、そうした文献を基に舞台化を進めた。

 篁像をまつる六道珍皇寺(京都市東山区)で昨秋、謡を奉納した味方は「篁や後鳥羽院の足跡が多く残る京都での復曲。今につなげる意義は大きい」と語る。

 能『篁』の舞台は隠岐だが、都への消えぬ憧憬(しょうけい)が強くにじむのも見逃せない。

 『篁』の前半は、漁師の老人=漁翁(前シテ=実は篁の化身)の漕ぐ釣舟で、後鳥羽院のいる隠岐へ元臣下(ワキ)が渡る場面から始まる。老人は隠岐に元臣下を渡した後、すぐに元来た方向に帰り、消える。この場面について味方は「心は都に帰っていることの暗示」とみる。

 また、後半、激しい憤怒を見せる篁の霊(後シテ)をぽつねんと見つめる後鳥羽院(ツレ)の視線の奥には、都への憧れが浮かぶ。

 400年離れた篁と後鳥羽院の都への思いを、室町期作の能がつなぎ、さらに500年離れた現代の京によみがえらせる試み。今回の復曲の成果は「さらに何百年後に見えてくるはず」と味方。能楽師の思いも共鳴する作品に育っていく。
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