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登録日: 2008.01.20 記事: 2533
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日時: Sat Dec 05, 2020 5:11 pm 記事の件名: 細川忠興の書状発見 最高級の香木の買い付け指示「文化人の一面 |
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戦国武将の細川忠興が豊前中津城(大分県中津市)城主の時代にしたためた書状を、滋賀県長浜市殿町の元長浜城歴史資料館学芸員で郷土史家北村大輔さん(56)が見つけた。徳川2代将軍の秀忠を見舞うため江戸に向かう途中、長崎に滞在していた明(中国)の医師に最高級の香木・伽羅(きゃら)の買い付けを求めている。北村さんは「文化人の忠興の一面を如実に表す貴重な資料」と話す。
書状は北村さんが昨夏、ネットオークションで購入した。縦39センチ、横51・5センチ。忠興の号「三斎」の名で1631(寛永8)年8月13日、舶来品の買い付け状況を伝える明の医師・少峰の書状の返信として書かれている。
忠興は、秀忠の病の知らせを聞いてすぐ江戸に向けて出航したものの、悪天候に見舞われて竹田津(大分県国東市)に戻され、天候の回復を待った。その一方、買い物が気になっている心境がうかがえ、買い付けを依頼した少峰に「上々の伽羅でないと必要ない。最高級のものしかいらない」などと指示を出している。
忠興は、千利休の弟子となった「利休七哲」の一人。一流の文化人でもあった。北村さんは「忠興には、秀忠の忠臣としての意気込みとは裏腹に、長崎の買い物が重要事項だった」と解説する。
忠興の書状は来年1月中旬まで中津市歴史博物館で公開され、その後、忠興と妻の玉(ガラシャ)が新婚時代を過ごした長岡京市でも展示される。 |
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