情報掲示板 Forum Index 情報掲示板

 
 FAQFAQ   検索検索   メンバーリストメンバーリスト   ユーザーグループユーザーグループ   登録する登録する 
 プロフィールプロフィール   プライベートメッセージをチェックするプライベートメッセージをチェックする   ログインログイン 

「團十郎」はなぜ歌舞伎の象徴になったのか 「荒事」だけではな

 
新しいトピックを投稿   トピックに返信    情報掲示板 Forum Index -> 古典芸能
前のトピックを表示 :: 次のトピックを表示  
投稿者 メッセージ
管理人
Site Admin


登録日: 2008.01.20
記事: 2492

記事日時: Tue Nov 01, 2022 4:49 pm    記事の件名: 「團十郎」はなぜ歌舞伎の象徴になったのか 「荒事」だけではな 引用付きで返信

 市川團十郎が歌舞伎を象徴する存在となったのは、悪人を懲らしめる際に見せる「荒事」を伝承して観客を引き付けたこと、そしてその魅力にあやかって食べ物の名前に取り入れられるなど、舞台を超えて人気が庶民に浸透したことが大きかった。

 初代が1685年に演じた坂田金平(さかたのきんぴら)役が荒事の創始とされる。家の芸「歌舞伎十八番」の半数を初演し礎を築いたのが二代目だ。七代目が歌舞伎十八番を制定。明治期に活躍した九代目は「劇聖」と呼ばれ、天覧歌舞伎を実現した。十一代目は59年ぶりの團十郎に。十二代目の襲名披露は歌舞伎座で3カ月続いた。

 「暫(しばらく)」の主人公がまとう柿色の巨大な装束、「勧進帳」での弁慶の「飛び六方」、邪気を払うとされる「にらみ」。練り上げた芸やこしらえは、現代の観客も魅了する。

 柿色は、着物や小間物に使われて江戸庶民に浸透。團十郎はもなかの名前として残り、埼玉県寄居町では柿色の朝顔「團十郎」が栽培され、朝顔市では毎夏完売という。

 昨年の東京五輪開会式で、團十郎(当時は海老蔵)さんは「暫」の一部を演じた。新型コロナウイルス禍の全世界へ、悪疫退散を願って荒事を披露。團十郎家の本領発揮といえる場面だった。
トップに戻る
ユーザーのプロフィールを表示 プライベートメッセージを送信 メールを送信
特定期間内の記事を表示:   
新しいトピックを投稿   トピックに返信    情報掲示板 Forum Index -> 古典芸能 All times are GMT + 9 Hours
Page 1 of 1

 
移動先:  
新規投稿:
返信投稿:
記事編集: 不可
記事削除: 不可
投票参加: 不可


Powered by phpBB © 2001, 2005 phpBB Group
Traduction par : PHPBB JAPAN [20050508] :: JP Support Forum